学生の力を生かし、模型復元プロジェクトを実施

私は京都大学の建築学科を卒業後、東京大学大学院の原広司研究室に進みました。

そこで原先生がライフワークとしていた世界の集落調査に参加しました。ボリビア、モロッコ、イエメン、カメルーンなど、20カ国以上は回ったでしょうか。現地で写真を撮り、集落を図面に起こし、特徴をまとめる作業を行いました。近代の都市計画とは異なる、それぞれの風土に合った独自の集落を見ることは、人間と建築の関係を知るうえで大変勉強になりました。

原先生が退職した後も、後継の藤井研究室で助手を3年務め、35歳の時にようやく独立。東北工業大学の講師として採用されたのを機に、仙台市に移住し、そこで建築設計事務所も開きました。仙台市に移ってすぐ、東北大学の先生や仙台都市圏の建築家たちと「せんだいデザインリーグ 卒業設計日本一決定戦」を企画。これは建築を学ぶ全国学生の卒業設計を一堂に集めて、公開審査で日本一を決めるというイベントです。現在も学生が中心となって、毎年運営されています。この時のネットワークが、「失われた街」模型復元プロジェクトへとつながりました。

「失われた街」模型復元プロジェクトの一貫として行われた「記憶の街ワークショップ」の様子 photo: Jason Halayko

「失われた街」模型復元プロジェクトの一貫として行われた「記憶の街ワークショップ」の様子
photo: Jason Halayko

東日本大震災が起こる前年に、私は神戸大学の准教授として招かれたため、事務所ともども神戸市へ移転しました。そして東日本大震災が起こり、何か支援ができないかと考えた時、あの学生のパワーを生かそうと思いました。それは、津波で無くなった街を模型で再現するというもの。

震災直後はマスメディアを通して、被災地の様子がたくさん伝えられましたが、しかしそこでどういう暮らしが営まれていたのかまでは伝わってきません。震災前の様子をほとんど知らないまま、復興支援をするのは自分自身しっくり来ない。つまり見えないものについて議論するよりも、まずは見えるようにして、皆でそれをシェアする必要があるのではないかと思ったのです。

さっそく全国大学の建築学科の先生にお願いし、学生たちを動員して、地形図と航空写真を基に、一軒一軒の家が分かるくらいの1/500縮尺の街の模型を作り始めました。人が住んでいたところだけに限定しても、全部で1100個の模型が必要になるほど膨大な量です。震災2週間後から作り始めて4年半経ち、今ようやく350個の模型を作り終えました。

市町村ごとに白い模型が出来上がると、地元へ持っていき、各地で「記憶の街ワークショップ」を開きました。そこで住民の声を吸い上げて、模型を修正し、色とりどりに彩色。すると命が吹き込まれたかのように、模型が本物の街のように見えてきました。

「失われた街」模型復元プロジェクトの一貫として行われた「記憶の街ワークショップ」の様子 photo:伊藤和臣

「失われた街」模型復元プロジェクトの一貫として行われた「記憶の街ワークショップ」の様子
photo:伊藤和臣

街は無くなったとしても、“記憶の街”は無くならない。ワークショップで住民は模型を見ながら、記憶の中の風景を見ていると思うのです。模型にはそうした力が宿っています。お陰さまで2015年日本建築学会賞を受賞し、継続にあたり良い影響を与えられました。

槻橋修
建築家 / 神戸大学工学部建築学科准教授
東京大学生産技術研究所勤務を経て、2002年ティーハウス建築設計事務所設立。2009年より現職。2009年日本建築学会賞(教育)共同受賞。2014年東日本大震災復興支援「失われた街」模型復元プロジェクトが第40回放送文化基金賞受賞(NHK盛岡放送局と共同受賞)。
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